大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和38年(ネ)1066号 判決 1969年2月24日

控訴人(原告)

ザ・フエデラル・インシユアランス・コンパニー・リミテッド

代理人

小林一郎

被控訴人(被告)

大阪商船三井船舶株式会社

代理人

大橋光雄

主文

原判決を取り消す。

被控訴人は控訴人に対し金二、四六一、六一五円二〇銭およびこれに対する昭和三六年一月三一日から支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

この判決は、第二項に限り、控訴人において金八〇万円の担保を供するときは、かりに執行することができる。

事実<省略>

理由

一荷送人エフ・ベルサニーが、一九五九年九月被控訴人に対し、ジプサムタイルおよびシンテリットタイル隙箱四一三個ほか三点荷造個数合計五一三個の運送品をイタリー国ジエノア港よりリベリア国モンロビア港まで海上運送を委託し、被控訴人はこれを引き受け、同月二日右運送品をその運航にかかる汽船明哲丸に積み込み、荷送人の請求により「運送品を外観上良好な状態において船積した」(shipped on board the goods in apparent good order and condition)旨記載した船荷証券を発行したこと、同証券が裏書されて本件運送品の引渡当時リベリアンによつて所持されていたこと、明哲丸が同年一〇月二二日モンロビア港に入港し、同日運送品が荷卸されたことは、いずれも当事者間に争いがなく、原審ならびに当審証人田辺良夫の各証言ならびに同証言により成立を認める甲第七号証(損害検査報告書)によれば、一九五九年一〇月二六日右運送品が保管されていたモンロビア港湾管理株式会社倉庫においてリベリアンの申込によりロイド代理店の検査員によつて検査された結果、右運送品のうちタイルの九五パーセントが破損して使用に堪えなくなつていた事実が判明したことを認めることができ、この認定に反する証拠はない。

二控訴人は、右タイルの損傷が運送人たる被控訴人またはその使用人の責に帰すべき事由によつて発生したもので、被控訴人はリベリアンに対し損害賠償債務を負うものであると主張するので、この点について考える。

1  本件船荷証券には、同証券その他運送契約上の法律関係については日本法に準拠すべき旨の記載があり、リベリアンと被控訴人とがその旨合意したことについては、当事者間に争いのないところであるから、本件運送に関する紛争についての準拠法がわが国際海上物品運送法であることは明らかである。

2  被控訴人は、リベリアンが被控訴人に対して法第一二条所定の期間内に前記損傷の通知をしたことを争うけれども、当裁判所もまた原審と同じく、リベリアンが法定の期間内に被控訴人に対し適法な損傷の通知を発したと判断するものであつて、その理由につき原判決理由中当該部分(原判決原本九枚目裏二行目から一〇枚目裏二行目まで)を引用する。なお、右通知の写と認められる甲第三号証には、被控訴人指摘のとおり、損傷につきその概況というほどの具体的な記載はなく、ただその際予定されていたロイド代理店の損害検査に立会を求める旨の記載があるところ、本件のように荷造されている運送品については包装を解いて検査しなければ損傷についての具体的な記載をすることは困難であると考えられるから、このようなときには、右のように損傷のあることおよび検査の立会を求める旨の通知を発すれば、通知書に関する法第一二条第一項の要件を充たしたものと解するのが相当であるから、控訴人のなした前記通知は適法というべきである。

3  船荷証券の記載によると、本件運送契約における被控訴人の責任の始期と終期とは、「索具から索具まで」とされていて、船積前および荷揚後の運送品はもつぱら荷主の危険と費用負担のもとに保管されるのであつて、運送人はその間の滅失・毀損による損害については一切責任を負うことなく(船荷証券約款第四条)、また、運送人は特約のないかぎり船積、荷揚および引渡の作業を引き受けるが、陸揚、保管および引渡は荷主の危険と費用負担のもとに行われる(同約款第七条第一項)と約定されていることが認められる。右事実と<証拠>を総合すると、モンロビア港湾株式会社は荷揚直後に明哲丸の船側から証券所持人リベリアンの危険と費用負担のもとにリベリアンを代理して本件運送品の引渡を受けたことを認めることができ、右認定を動かすに足りる証拠はない。

4  控訴人は、被控訴人がその発行にかかる本件船荷証券に「運送品が外観上良好な状態で船積された」旨記載した以上、被控訴人において運送品そのものが健全な状態で船積されたことを承認したことになるから、その承認どおりの完全な運送品を証券所持人たるリベリアンに引き渡すべき義務があると主張するので、右記載の効力について考える。

船荷証券の記載事項を規定する法第七条第一項第三号にいう「外部から認められる運送品の状態」とは、包装ないし荷造されていて運送品自体を外部から見ることができない場合において、単に包装・荷造の状態のみならず、運送人(船長)が取引上相当の注意をもつて外部から観察することによつて感知できる運送品そのものの状態(たとえば異常な音響や臭気を発すること等)をいうのであつて、その反面、相当の注意を尽しても感知できない包装・荷造の内部の状態までも意味するものでないと解される。そして、前出甲第一号証および甲第七号証によれば、本件運送品たるタイルは、藁で包まれ、隙箱との間に緩衝用の波型の繊維が挾み込まれていたことが認められるので、外部より中味のタイルを見ることはできなかつたものと判断されるから、本件船荷証券上の法第七条第一項第三号の規定に対応する「運送品を外観上良好な状態において船積した」旨の記載は、右包装ないし荷造が外観上異常なく、かつ、運送品を目的地に運送するに十分な状態であるとともに、運送品そのものが相当な注意をもつてしても外部からはなんらの異常も感知できない状態であることを認めたものではあるが、進んでそれ以上に運送人において中味のタイルが破損しない良好な状態であつたという外部から観察できないことまでも承認したことを表示するものということはできない。したがつて、運送人たる被控訴人は、船積当時における運送品の外観上の状態については、法第九条の規定により善意の証券所持人に対しこれと異なることを主張することは制限されるが、外部から観察できない中味の状態については、同条により制限を受ける筋合のものではなく、被控訴人が船積当時中味が良好な状態でなかつたことを主張するのにはなんらの妨げはないというべきである。右と異なる控訴人の見解は採用できない。

5  本件船荷証券に被控訴人主張のような「内容不知」(contents unknown)の記載があることは当事者間に争いがない。ところで、右内容不知の意義は必ずしも明らかではないが、前出甲第一号証(船荷証券)における右文言の記載の前後の関係等からすれば、それは運送品そのものの種類またはその内部的状態(たとえば損傷の有無)の不知を指すものと考えられる。本件においては、運送品の種類が控訴人主張のタイルであることについては当事者間に争いがなく、それについて船荷証券の記載と現品との間の相異が争われているのではないから、法第八条第二項中のいずれの要件に該当するかにつき明示しないで船荷証券上の前記内容不知の記載をすることが許されるとしても(本件船荷証券に前記の明示がなされていないことは前出甲第一号証により認めうる。)、運送品の種類が不知であるとの記載をここに採りあげて論ずる実益は全くない。そこで、内容不知が運送品の内部的状態の不知を意味するとした場合について考えると、法第七条第一項第一、二号および第八条第一、二項に規定のない事項である運送品の内部的状態についての不知約款の記載がそもそも許されるかどうかの問題をしばらくおくとしても、法第七条第一項第三号の外部から認められる運送品の状態についての船荷証券の記載事項は、絶対的必要的記載事項であるとともに、それは運送人(船長)自身の認識を記載すべきものであるから、運送品の内部的状態が不知である旨の記載がなされたとしても、本件船荷証券に記載された外観上良好な状態で運送品を船積した旨の記載の効力に消長をきたすことはありえないし、また、後記認定のように運送品のタイルが被控訴人の船積から荷揚までの間に被控訴人またはその使用する者の過失に基づいて損傷した場合である本件において、内容不知の記載がなんらか特殊の免責力を運送人に与えるというような法的根拠も見出しがたいので、いずれにしても、いわゆる不知約款に関する被控訴人の主張は採用できない。

6  被控訴人は、本件運送品につき外観上良好な状態で受け取り、かつ、外観上同じく完全な状態で引き渡したから、控訴人において運送品の受取以後その引渡までの間に本件タイルを被控訴人が損傷させたことを立証する必要があると主張するが、ロイド代理店の損害検査報告書である前出甲第七号証における外観上完全(apparently sound)という記載は、右報告書によると荷造の外部的状態に関する記載(2.-(b)External condi-tion of packagesの項の記載)であつて運送品そのものに関する記載でないことが認められるのみならず、右報告書の部分には本件タイルの九五パーセントが損傷を受けていることの記載があることからしても、右外観上完全というのは単に荷造の外形状態を表現するにすぎず、前記のような船荷証券の絶対的必要的記載事項である外部から認められる運送品の状態についての記載である運送品の「外観上良好な状態」とはその性質が明らかに異なるものといわなければならないから、前記甲第七号証の記載によつて被控訴人が本件運送品を外観上良好な状態で引き渡したと認めるには足りない。なお、前出甲第五号証(倉庫受取書)にも、そこに列挙する一部の積荷を「除いて外観上良好な状態」(apparent good order EXCEPT)で受領した旨の記載があるが、そこにいう外観上良好なものは果して運送品自体なのか荷造にすぎないのか明らかでないし、右記載自体によつても一部の損傷のあることを明らかにしているのであるから、被控訴人の主張するような状態で引渡があつたことを認めうる証拠とするには足りない。そして、他に被控訴人のいうような状態による引渡のあつたことを認めうる証拠はない。しかもかえつて<証拠>によると、本件積荷の引渡当時には、相当数の荷造箱その他の包につき外部からも中味のタイルが破損している異常を認めうる状態にあつたことを窺うに十分である。よつて前記被控訴人の主張も採用できない。

7  ところで、本件船荷証券に被控訴人が「運送品を外観上良好な状態において船積した」旨記載したにもかかわらず、荷揚後には相当数の箱等につきかかる状態でなかつたこと右認定のとおりであるから、かような場合には、特段の事情が認められないかぎり、中味の本件タイルの損傷はすべて運送人たる被控訴人の取扱中に生じたものと推定するのが相当である。したがつて本件タイルの損傷について被控訴人が自己またはその使用する者の運送品の取扱中に生じたものでないとするためには、右損傷が被控訴人の運送品船積前または荷揚後に生じた事実を立証する必要があるところ、被控訴人の提出・援用する全立証方法をもつてしても、右事実を認めるに足りない。かえつて、<証拠>と弁論の全趣旨とを総合して考えると、本件タイルは、被控訴人が船積してから荷揚にいたるまでの間に、被控訴人またはその使用する者の取扱中にその九五パーセントが損傷を被つたことを認めるに十分であり、右認定を動かすに足りる証拠はない(損傷の程度につき、甲第五号証の記載と同第七号証の記載には一見差異があるようであるが、本件タイルのように包装・荷造されている場合に、内容を検査する前の単なる倉庫受取書として作成された甲第五号証の記載とその後検査のため包装・荷造の内部を調べた結果の報告書たる甲第七号証の記載との間に相違があるからといつて、前記認定の妨げとはならない。)。

8  被控訴人は、本件タイルの損傷が生じたのは、法第四条第二項第一〇号所定の荷造の不完全によるものであると主張するが、そのような事実を認めるに足りる証拠がないから、右主張は理由がない。そして、被控訴人において、自己またはその使用する者が運送品の取扱につき注意を尽したことを証明せず、また、法第三条第二項または前記以外の第四条第二項による免責事由も主張・立証しない本件においては、被控訴人は本件運送契約上の債務不履行に基づき右損害につき船荷証券所持人たるリベリアンに対して賠償すべき義務を免れない。

9  被控訴人は、本件船荷証券約款第一四条に壊れ易い運送品の損傷については荷主がその危険を負担する旨の特約があり、この特約は法第一七条によつて特約禁止(法第一五条第一項)の例外として許容されるところ、本件タイルは壊れ易い物品にあたるから、本件損害につき被控訴人において賠償責任を負わない旨主張し、右船荷証券約款の規定が存在することは当事者間に争いがないが、かりに、本件タイルが右約款の規定にいう壊れ易い運送品にあたり、かつ、それが法第四条第二項第九号および第一七条の特殊な性質を有する運送品にあたるとしても、本件のような運送人と証券所持人との関係については、法第一七条の準用する法第一六条ただし書の規定の適用により、法第四条第二項に規定する責任の軽減以上にそれを軽減しまたは免除する特約はその効力を有しないものといわなければならないし、また、被控訴人においては本件運送品の損害がその特殊な性質により通常生ずべきものであることについてはなんら主張、立証しないところであるから、被控訴人は法第四条第二項によりその責を免れることもできないものというべきである。よつて被控訴人の右主張は理由がない。

三そこで、本件タイルの損傷による損害額について案ずるに、<証拠>によると、本件の総積荷の送状価格米貨五、三八五ドル、運賃2,184.03ドル、保険料161.30ドル、計7,730.33ドルのうちタイル分はその93.11パーセント、すなわち米貨7,197.71ドルであることが認められるから、反証のないかぎり右金額が本件タイルの引渡日における到達地の価額というべきであり、したがつてリベリアンはこれに対する前記認定の損害の程度九五パーセントを乗じた米貨6,837.82ドル相当の損害を被つたものと認められる。

四つぎに、<証拠>によると、控訴人はリベリアンとの間にその主張のごとき海上保険契約を締結し、本件タイルの損傷による損害につき保険金の支払を請求された結果、一九六〇年二月一九日リベリアンに対し右タイルについて生じた全損害を填補するため、保険金米貨7,301.19ドルを支払つたことが認められる。そして、右保険契約においては保険者の代位に関しスイス法に準拠する旨約定されていたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、スイス国保険契約に関する連邦法律(一九〇八年四月二日)第七二条に保険者が損害を填補したときはその限度で第三者に対する損害賠償債権を取得する旨の法定代位が定められていることが認められるから、これにより控訴人は右支払ずみの保険金の範囲内でリベリアンの被控訴人に対する前記三で認定した金額の損害賠償債権を取得したことが認められる。

右のとおりであるから、被控訴人に対し、右損害賠償債権米貨6,837.82ドルを邦貨に換算した金二、四六一、六一五円二〇銭およびこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録に徴し明らかな昭和三六年一月三一日から支払ずみに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める控訴人の請求は正当として認容すべきであつて、本件控訴は理由があり、控訴人の右請求を排斥した原判決は失当であつて取消を免れない。

よつて、民事訴訟法第三八六条、第八九条、第九六条に従い、主文のとおり判決する。(青木義人 高津環 弓削孟)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例